自民党憲法草案の条文解説掲示板

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無関係なもののみ削除させていただきますが、ご自由に議論していただければ幸いです。

個人と人の解釈の違いについて たける URL

2013/02/10 (Sun) 15:02:04

はじめまして、最近憲法に興味を持ちだした者です。すでに50歳になりますが今まで憲法をろくに読んだ事がありませんでした。法律には疎いのですが、日本国民として憲法を知らなくてはいけないと思い、現在読んでいる最中です。

それで、どなたか教えていただきたいのですが、13条の現行法と自民党草案の違いとして次のように説明されています。
・・・
「個人として」が「人として」と変わっており、24条では「個人」を残していることと対比すると、個人としては尊重されないことがうかがわれます。
・・・
個人として尊重されなくて、人として尊敬されると言うのは、どういうことでしょう?

憲法は国民から国家に守らせる法ですよね?
国民は国家に対して、個人として尊重せよと言う代わりに、人として尊重せよと要求しているという事ですよね。

それは、どんな違いがあるのでしょう?
私には、具体的に何が違うかわからないのですが・・・

Re: 個人と人の解釈の違いについて - satlaws

2013/02/10 (Sun) 21:57:01

「人として尊重される」ことが具体的に何を意味しているのかについて明確な説明が見当たらず、既存の法解釈で説明することも難しいように思われるので、私にもはっきりしたことはわかりません。
今のところ私に言えることは総論2(2)の通りですが、他に何かある方は是非ご教示ください。

Re: 個人と人の解釈の違いについて - 223_ouest

2013/03/10 (Sun) 15:56:22

相当な遅いレスですが、水島朝穂教授が指摘しているのを発見しました。
http://www.asaho.com/jpn/bkno/2012/0507.html
―引用―
今回の草案で特に露骨なのは13条である。「すべて国民は、個人として尊重される」という現行憲法の核心的条文が、「全て国民は、人として尊重される」という陳腐な表現に改変されている。普遍的な「人間主義」や「個人主義」を嫌う復古的保守の臭気が漂うが、問題はそれにとどまらない。憲法学では、「個人の尊厳」「人間の尊厳」「ヒトの尊厳」の尊重という3つの区別と連関が自覚されつつあるが、ここで「人」に改めてしまうと、その区別も吹き飛び、直ちに次のような問題を生ずる。

 第1に、利己主義でない個人主義を打ち消し、多様な考えをもった一人ひとりを重視した「個人」の意味を薄めてしまう。第2に、共同体の特定の価値観を帯びた「人間」の意味が、後段の「公益及び公の秩序」の強調と連動しつつ強まってくるおそれがある。第3に、生物学的な「ヒト」の意味が、2000年の「ヒトに関するクローン技術等の規制に関する法律」1条にいう「人の尊厳」を想起させるような混在の仕方をしていることである。
―ここまで―

「個人」の重要性については樋口憲法学がつとに指摘するところですが、その点を単なる「人」に変えてしまう点が前二者(全体主義・国家主義的傾向)で、これはおそらく起草者が目論むところだと思います。後者については起草者が議論の射程を自覚していないがための間抜けな混乱のような印象を受けます。

ありがとうございます - たける URL

2013/03/30 (Sat) 20:37:57

お礼が遅くなって申し訳ありませんでした。
個人と人の違い・・・咀嚼しきれないところはありますが、ぼんやりとわかりした。ありがとうございました。

それにしても、憲法が学問でもあるのはわかりますが、○○憲法学を知らないと話もできないのかと、違和感を感じてしまいます。

普通の人が、普通に読んでわかる憲法と言うわけには行かないのでしょうか?憲法学を学ばないと憲法はわからないのでしょうか?
○○憲法学や△△憲法学によって、憲法の意味合いが変わってしまうというのは、基本的におかしいのではないかと感じます。

Re: 個人と人の解釈の違いについて - satlaws

2013/03/31 (Sun) 10:59:59

そうですね、上記の水島教授の議論は貴重な学者の意見ですから私も紹介したりしていたのですが、「人の尊重ではまずい」という話であって「人の尊重が何を意味するのか」という話ではありませんから、結局私は総論に書いた限りのことしか言えないのです。

○○憲法学と△△憲法学をそれぞれ学ぶというような姿勢は、学者や立法者や起草者になるのでなければ必要ないと思っています。少なくとも私はそういう学び方をしていませんし、「個人」の重要性は樋口以外も概ね口を揃えるところです。
ただ、どんな意見を持つにせよとりあえず芦部先生の言っていることを理解するのが議論の第一歩という状況にあるので、芦部憲法学は例外かもしれません。

条文はあらゆる事態に対応できるよう抽象的に書かなければいけませんから、条文だけ読んで理解するのは、現行憲法でも自民党草案でもなかなか難しいと思います。しかし一般的な憲法の概説書を一冊読んでみたり、ネットで調べてみたりすれば大枠は掴めると考えます。

重ね重ね、ありがとうございます たける URL

2013/04/07 (Sun) 10:57:08

お言葉に従い概説書を読んでみようと思います。
ありがとうございます。

一般的に使われる言葉では、「個人」から「人」へとなると、個(一人ひとり)という意味合いが薄れると解釈されると思います。このことに関してはその通りだと思います。

ただし、別の解釈も成り立つのかなと思いました。

法律用語で人と言った場合(注1)、法人と自然人のことですよね。さらに自然人とは個人(注2)の事のようですね。
そうすると法律の世界では、「人」とは「個人」と「法人」をあわせた法律上の人格という解釈はできないのでしょうか?

自民草案では尊厳の対象が個人から、個人+法人になっているという解釈はできないでしょうか?

(注1)広辞苑6版と法律用語辞典4版(有斐閣)で調べました。

(注2)ウィキペディア
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E7%84%B6%E4%BA%BA

Re: 個人と人の解釈の違いについて - satlaws

2013/04/07 (Sun) 15:42:21

確かにそのような解釈もあり得ると思います。「人」の法的意味は場面によって様々です(例えば人を殺す罪は法人を対象としませんよね)が、一般的に法人を含むのはおっしゃる通りです。そうすると集団を尊重し個人主義が後退することがより明確になりますね。法人の尊重が強まったと読むと、そのぶん法人と対立する個人や、法人の構成員としての個人の尊重が弱まりますから、「個(一人ひとり)という意味合いが薄れる」ことには変わりないかと思います。

ちなみに現行憲法では法人の人権も性質上可能な限り保障されるというのが確立した解釈になっています。これに対して草案が法人の尊厳を一般的に保障したと読むとしても、例えば尊厳死の局面での尊厳などは含みようがないので、法人の尊厳というのが具体的にどういうものを指すのかは難しいところですね。

ありがとうございます たける URL

2013/04/07 (Sun) 19:24:57

ありがとうございます。良くわかります。
大変勉強になりました。憲法に興味がでてきます。
もう少し勉強してみようと思います^^

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2013/08/27 (Tue) 23:03:34

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運用は解釈にまかせたほうがいいのか? たける URL

2014/02/07 (Fri) 12:10:25

satlawsさんは2013/03/31の書き込みで「条文はあらゆる事態に対応できるよう抽象的に書かなければいけません」とおっしゃってます。

これは、多分現在日本で行われている「硬性憲法」を前提として、解釈でその時々の政情に合わせ運用していくためには、抽象的に書く必要があると言う意味だでかかれたのだと思います。

しかし、これは本当に憲法として正しい姿なのでしょうか?
そのせいで、日本国では、憲法は書いてあることとやっている事が違うという状況になっていると思います。
satlawsさんはこれからも憲法は、解釈で対応すべきと考えているのでしょうか?

Re: 個人と人の解釈の違いについて - satlaws

2014/02/08 (Sat) 21:37:49

軟性憲法であろうが民法であろうが道路交通法であろうが,世の中で起こるいろいろな事件に対応できるように書かなければならないという話をしているつもりでした。例えば詐欺罪の条文にどんな場合が詐欺なのかということを全て書いておくことは不可能なので,「人を欺いて」などと抽象的に書いてあります。

「解釈でその時々の政情に合わせ運用していくためには、抽象的に書く必要がある」「そのせいで、日本国では、憲法は書いてあることとやっている事が違うという状況になっている」というご主張がよくわかりません。解釈で対応できるように抽象的に書いてあるのであれば,やっていることが書いてあることに反しにくいのではありませんか。

私は現在話題になっているような解釈改憲には反対ですが,条文をすべて一義的に明らかに書くのが不可能である以上,解釈するのは自然なことだと思います。

お返事ありがとうございました たける URL

2014/02/09 (Sun) 20:30:32

お返事ありがとうございました
「条文はあらゆる事態に対応できるよう・・・」と書かれているのは憲法のみならず法律すべてでという意味だったのですね。誤解してました。

またsatlawsさんは解釈改憲には反対だという事で、これも私の誤解だとわかりました。失礼しました。




私は、satlawsさんが書かれた、「条文はあらゆる事態に対応できるよう抽象的に書かなければいけません」という意味が今までわからずずっと気になっていました。

>「解釈でその時々の政情に合わせ運用していくためには、抽象的に書く必要がある」「そのせいで、日本国では、憲法は書いてあることとやっている事が違うという状況になっている」というご主張がよくわかりません。

これは9条の事です。9条を普通に読めば、自衛隊は持てないだろうし、ましてや集団的自衛権なんて考えられないはずです。
しかし、解釈のしかたでは自衛隊(軍隊)も持てるわけだし、政情によっては集団的自衛権も持てるように解釈できるということです。

そこで思い出したのがsatlawsさんが書かれた、「条文はあらゆる事態に対応できるよう抽象的に書かなければいけません」という言葉でした。

なるほど抽象的に書けば、その時々の解釈で憲法を運用できるんだと思いました。
だから、抽象的に書く必要があると思ったのです。

Re: 個人と人の解釈の違いについて - きょうかいな URL

2015/06/06 (Sat) 12:35:25

横から失礼いたします。
前のコメントで申しましたように、私も素人なのですが。
草案の25条の2は(少なくとも人権としての)環境権とは認められない、とのことですが、この条文は「国民と協力して」と言う言葉が入っています。これは、国民の協力が無ければ義務を果たさなくてもよい、とも読めますが、むしろ、国は国民に協力させる義務がある、と読む方が自然かと。
すると、草案102条1項とあわせると、国民が環境保全義務を持たされる可能性があるので、環境権は否定される可能性があるのではないでしょうか。
また、プライバシーの権利については、草案19条の2では、国の権利・義務には触れていません。従って、国家権力が国民のプライバシーを侵害することは禁止していない、とも読めます。とすると、プライバシーの権利の否定の可能性があると思います。
そう考えると、「人として尊重」の意味はあいまいであっても、幸福追求権は「個人として尊重」よりもかなり制限されるおそれが強いのではないでしょうか。

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